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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19557号 判決

原告

甲野花子

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

塚原英治

則武透

山川豊

佐藤誠一

被告

A

日本における代表者

A'

右訴訟代理人弁護士

加藤義明

清水三郎

右加藤義明訴訟復代理人弁護士

川田篤

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告甲野花子(以下「原告甲野」という。)に対し、金一三七万五〇〇〇円及び内金一二六万五〇〇〇円に対する平成五年七月八日から、内金一一万円に対する平成六年一一月二二日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告乙川陽子(以下「原告乙川」という。)に対し、金四〇九万七五〇〇円及び内金一四三万円に対する平成五年一〇月二一日から、内金一六万五〇〇〇円に対する平成六年一一月二二日から、内金一七三万二五〇〇円に対する平成八年四月二三日から、内金七七万円に対する平成九年五月一四日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告乙川に対し、平成九年五月から同原告と被告との間の雇用関係が終了するまで毎月二七日限り一か月金五万五〇〇〇円並びに毎年六月一〇日及び一二月一〇日限り各金二万七五〇〇円を支払え。

四  被告は原告丙山月子(以下「原告丙山」という。)に対し、金二八六万八二七八円及び内金一二八万七九四五円に対する平成五年一〇月二一日から、内金八一万〇三三三円に対する平成八年四月二三日から、内金七七万円に対する平成九年五月一四日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

五  被告は原告丙山に対し、平成九年五月から同原告と被告との間の雇用関係が終了するまで毎月二七日限り一か月金五万五〇〇〇円並びに毎年六月一〇日及び一二月一〇日限り各金二万七五〇〇円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、ドイツ連邦共和国(以下「ドイツ」という。)に本店を置く被告に雇用され、エアホステス(客室乗務員)として勤務していた原告らが、被告において従来基本給のほかに支給していた付加手当の支給を一方的に取り止めたのは無効であるとして、同手当等の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等

以下の事実は当事者間に争いがないか、括弧内記載の証拠によって認められる。

1  当事者

(一) 被告は、ドイツ法に準拠して設立され、ドイツに本店を有する航空会社であり、日本における代表者を定め、頭書の日本における営業所の所在地に営業所(以下「東京営業所」という。)を有している。

(二) 原告らは、いずれも日本に住所地を有する日本人であり、次のとおり、被告と雇用契約を締結し、エアホステスとして勤務していた、あるいは勤務している者である。

(1) 原告甲野は被告との間で、昭和六二年一一月二三日、東京において研修契約を締結し、昭和六三年三月四日、フランクフルトにおいて雇用契約を締結した。そして、平成五年六月三〇日付けで被告を退職した。

(2) 原告乙川は被告との間で、昭和四六年一月、東京において、「研修及び雇用条件について」と題する書面に署名のうえ被告の東京営業所を通じて被告のフランクフルト本社客室乗務員人事部に返送し、研修契約及び雇用契約を締結した(乙第二二号証)。

(3) 原告丙山は被告との間で、東京において研修契約を締結し(甲第四五号証)、昭和六二年二月二七日、フランクフルトにおいて雇用契約を締結した。原告丙山は、平成五年五月二七日から病気のため一旦休業した後、平成七年二月九日から就労を再開した。

2  雇用契約の概要

(一) 原告らと被告との間においては、雇用契約に関する国際裁判管轄及び準拠法のいずれについても明示の合意はない。

(二) 原告らと被告との間の雇用契約関係の書類は、いずれも英語で記載されている。

(三) 原告らと被告との間の各雇用契約(以下「本件各雇用契約」という。)においては次のとおり、約定されている。

(1) 原告らのホームベースは東京(成田)とする。

(2) 被告は原告らの勤務を極東ルートのみに利用する権利を留保する。

(3) 原告らの権利義務は、後記3記載の「被告の航空乗務員のための労働協約」、乗務員マニュアル及び会社協定に基づく。

(4) 日独租税条約により、給与はドイツにおいてのみ課税できる。諸税控除後の給与は国内通貨で東京営業所を通じて支給し、原告らの日本における銀行口座に振り込む。

(5) 原告らは、日本国法により適当な社会保険料を支払う義務を有する。

(四) 原告らの給与額はドイツマルクで定められている。

3  労働協約(乙第六号証)

(一) 本件各雇用契約において、原告らの権利義務が依拠するとされている労働協約は、社団法人ハンブルグ労働法協会(AVH)とドイツ被用者労働組合(DAG)及び公共サービス輸送交通労働組合(OTV)との間で、被告の乗務員に関し締結されたものである。

(二) 右労働協約は、被告の乗務員の勤務時間、乗務時間、飛行時間、休憩時間、休日、給与の支給項目、給与は賃金協約に従って支給されること、手当、休暇、定年などについて定めている。

(三) また、右労働協約にはホームベースに関する規定として、休養時間や休日は原則としてホームベースにおいて与えられること(四条四項、七項)及び乗務の都合によりホームベース外で宿泊する場合の費用は被告が負担すること(添付書面Ⅱの五条)が定められている。

4  付加手当

(一) 付加手当導入・増額の経緯

被告は、昭和四九年一〇月、東京(羽田)ベースの日本人エアホステスを対象に付加手当(Additional Payment)の支給を開始した。この付加手当は、東京(羽田)ベースの日本人エアホステスの有志が、ドイツには空港に従業員用の無料駐車場やガソリン・食料品等を安く購入できる施設があるのに対し、羽田空港にはそのような施設がないため、東京ベースのエアホステスはドイツベースのエアホステスにはない出費を余儀なくされることを訴えて、被告にこの出費をカバーされたい旨要求し、被告がこれに応えたもので、インフレ手当の意味合いであった。

付加手当の額は、当初一二〇マルク(月額、以下同じ。)であったが、東京(羽田)ベースの日本人エアホステスの有志が、東京におけるタクシー代の値上がりの実態等を訴えて、被告に交通費の支給を要求した結果、昭和五一年一〇月に一〇〇マルク増額されて二二〇マルクとなった。有志らは、その後も被告にタクシー代を被告が全額負担するよう要求したが、被告は、ドイツベースのエアホステスには交通費を支給していないことから、交通費名目で支給することは拒絶し、昭和五三年一月、付加手当を八〇マルク増額して三〇〇マルクとすることで対応した。

昭和五三年五月の成田空港の開港に伴い、被告は、同年六月から二年間、成田空港開港以前に東京(羽田)をホームベースとして入社した日本人エアホステスに対し、付加手当三〇〇マルクとは別に、成田空港までの往復の交通費の補助として二〇〇マルクの交通手当(commuters allowance)を支給したが、成田空港開港後に成田をホームベースとして入社した日本人エアホステスについては、付加手当三〇〇マルクで据え置いた。

昭和五五年六月、被告は、東京をホームベースとする日本人エアホステスの中に羽田ベースと成田ベースの二つのグループが存在することは好ましくないとの考えから、羽田ベースのエアホステスのホームベースを成田に変更するとともに、二〇〇マルクの交通手当を撤回し、これに代えて、成田空港開港後に入社したエアホステスを含む東京(成田)ベースの日本人エアホステス全員について、付加手当を二〇〇マルク増額して五〇〇マルクとした。

なお、昭和六〇年一月以降、東京(成田)ベースの日本人エアホステスの給与は、一マルク=一一〇円の固定レートで換算されて各エアホステスの口座に振り込まれることとなった。したがって、それ以降付加手当は五〇〇マルク=五万五〇〇〇円となったものである(甲第二〇、第二一、第三二、第三三号証、乙第四〇、第四一、第四四号証、証人ドクター・マーティン・シュミットの証言、原告乙川本人尋問の結果)。

(二) 撤回留保条項

付加手当が支給されるようになった後に入社した東京(成田)ベースのエアホステス(本件原告の中では、原告甲野及び原告丙山)については、雇用契約書に給与として基本給のほかに付加手当が支給されること及びその額が明示されるとともに、「被告は付加手当を撤回または削減する権利を留保する。」との条項(以下「本件留保条項」という。)が記載されている。

また、付加手当支給前に入社していた原告乙川については、付加手当が支給されることになった際、被告は原告乙川に対し、昭和四九年一一月八日付けの書面で、同年一〇月一日より付加手当一二〇マルクを支給することを通知するとともに、同書面に本件留保条項を記載していた。

(三) 付加手当撤回の経緯

被告は、原告らの給与所得に対する課税方法の変更により、平成二年からドイツにおける課税範囲が9.8パーセントに限縮され、残余についてドイツよりも税額の低い日本で課税されることになった結果、原告らの給与の手取額が増加することとなっため、付加手当を支給する理由が失われたとして、本件留保条項に基づき、平成三年八月以降原告らに対する付加手当を撤回することとし、同年六月一七日付けの書面で原告らにその旨通知した。

(四) 撤回時の付加手当等の支給内容

付加手当撤回当時の原告らの給与(両国における課税前の名目額)は、原告甲野について基本給3429.38マルク及び付加手当五〇〇マルク、原告乙川について基本給4687.24マルク、家族手当一〇〇マルク及び付加手当五〇〇マルク、原告丙山について基本給3641.11マルク及び付加手当五〇〇マルクであり、原告らの月例給与総額に占める付加手当の割合は、約一〇ないし一三パーセントである。

原告らに対する月例給与は、毎月二七日に定額(原告甲野三五万円、原告乙川四一万円、原告丙山三五万円)が、翌月一〇日に残額が支払われる。

また、原告らに対する一時金は、毎年六月一〇日及び一二月一〇日に、各々月例給与基礎額の0.5か月分が支払われるが、この月例給与基礎額には、平成三年六月までは基本給のほかに付加手当五〇〇マルクが含まれていた。

5  清算条項

原告甲野は、被告を退職するに際し、平成五年三月二四日、被告との間で「退職金の支払をもって雇用契約から生じる全ての相互の物的及び精神的請求権が全て償われたこととする。」との清算条項(以下「本件清算条項」という。)のある合意書を作成した。

6  ドイツ民法の規定

ドイツ民法二四二条及び三一五条の規定は、次のとおりである。

二四二条(乙第五二号証)

債務者は、信義誠実に、取引の慣習に配慮して給付する義務を負う。

三一五条(乙第七号証)

一項 契約当事者の一方により給付を確定すべき場合において、疑わしいときは、公正な裁量により確定をなすべきものとする。

二項 確定は、相手方に対する意思表示によりこれをなす。

三項 公正な裁量により確定をなすべきときは、確定が公正な裁量に適合する場合に限り相手方を拘束する。確定が公正な裁量に適合しないときは判決をもって確定する。確定が遅滞したときまた同じ。

二  争点

1  国際裁判管轄

2  準拠法

3  日本法を準拠法とした場合の付加手当撤回の有効性

4  ドイツ法を準拠法とした場合の付加手当撤回の有効性

5  原告らが受けるべき付加手当等の額

6  本件清算条項の効力

三  当事者の主張

1  争点1(国際裁判管轄)について

(一) 原告ら

被告は日本において東京営業所を有し、同営業所及び日本における代表者を登記しているから、民訴法四条三項を通した条理により日本に管轄権が認められる。

(二) 被告

国際裁判管轄の配分は、裁判の公正、適正・迅速という裁判の理想とする価値を出発点とし、当該事件における具体的事実を配慮して決定されるべきである。

本件についてみると、裁判の公正という点では、受動的に訴えられる被告の立場を配慮し、被告の保護がはかられるべきところ、被告の本店(ドイツ・ケルン)があり、被告の主要業務が行われているドイツに裁判管轄権があるというべきであるし、裁判の適正・迅速という点でも、原告らの給与体系は被告とドイツの労働組合との問で締結された労働協約に基づくものであり、支給額の算定はドイツ・ハンブルグにある被告の給与算定部で行われていることに照らせば、証拠方法の収集が容易なドイツが裁判管轄権を有するというべきである。また、法解釈は、準拠法所属国の裁判所が最も適正になし得るところ、後記(2の(二)の(2))のとおり、本件の準拠法はドイツ法というべきであるから、この点からもドイツが裁判管轄権を有すべきである。

被告は日本において東京営業所を有するが、同営業所は、本件の争点となるような人事、給与の決定、算定に関する業務を担当するものではないから、民訴法九条にいう当該事件の内容たる主たる業務を担当する「営業所」には当たらず、本件の国際裁判管轄を決定する要因とはなり得ない。

2  争点2(準拠法)について

(一) 原告ら

(1) 国際労働契約の準拠法について当事者の明示の意思がない場合は、労務給付地を基準として、法例七条一項により当事者の黙示の意思を探求し、当該契約に「最も密接(重要)な関連を持つ法」を準拠法とすべきである。そして、国際運送業務に従事する労働者のように労務給付地が複数国にまたがる場合は、ホームベース(勤務基地)の所在地を労務給付地とみるべきである。仮に、労務給付地が明確に確定できないとされた場合は、その他の事情から「より密接な関連」を探求することになるが、被告のように国際的に事業を展開する企業がその営業活動に関係する国の法律を調査し熟知していることは当然のことであるのに対し、一労働者が母国法あるいは居住地法ではない外国法の内容を認識したうえで国際労働契約を締結することは、予め使用者から説明がなされるなど特段の事情がない限り通常は考えにくいから、「より密接な関連」の有無は、労働者の国籍、居住地など労働者にとってより親近性があると思われる要素に比重を置いて判断すべきである。

(2) 本件では、原告らのホームベースの所在地は日本であるから、労務給付地は日本というべきであり、したがって、本件各雇用契約に最も「密接な関連」を持つ法は日本法である。仮に労務給付地が明確に確定できないとされた場合でも、原告らの国籍及び住所地はいずれも日本であること、原告らに対する募集は日本で行われ、東京営業所のクルーコーディネーターが書類選考し、日本で面接試験が行われたこと、面接試験合格後、被告との契約(原告甲野及び原告丙山については、正式の雇用契約に先立つ研修契約、原告乙川については、研修契約及び雇用契約)は日本で締結されたこと、ホームベースはそこに生活・居住の基盤があることを指すものであること、雇用契約上、被告は原告らを極東ルートのみに利用する権利を留保しており、原告らの乗務は日本・ドイツ間に限られていること、原告らがフライトスケジュールを受け取るのは成田空港であること、成田空港には東京(成田)ベースの日本人エアホステス用の機内免税品販売の売上金金庫があること、原告らの乗務以外の労務(ミーティング、QC活動、健康診断、救難訓練、被告のPR活動等)は日本で行われていること、原告らが妊娠した場合は日本での地上勤務となること、原告らの給与は東京営業所から振り込まれていること、原告らは日本の社会保険に加入していることなどに照らせば、本件各雇用契約に「より密接な関連」を有するのは日本法である。したがって、準拠法は日本法と解すべきである。

原告らは被告との間で、被告の乗務員のための労働協約に依拠する旨合意しているが、それは、労働協約を引用して雇用契約の内容を定めているだけのことであり、何ら抵触法的な意味を持つものではない。また、付加手当は労働協約とは別に東京ベースの日本人エアホステスとの間で個別に合意された給与項目であるから、労働協約の解釈・運用とは関係ない。

(二) 被告

(1) 雇用契約の準拠法についての当事者の黙示の意思は、労務給付地だけでなく、労務の提供をめぐる諸要素からこれを推認すべきである。

(2) 本件では、原告らは被告との間で、被告とドイツの労働組合との間で締結された労働協約に依拠することを合意しており、その結果、原告らの給与体系はドイツ式に定められ、賃金もドイツマルクで合意され、昇給も賃金協約に従ってなされている。これら協約は、労働協約自治の原則を定めるドイツ労働法に独特の規定に基づくものであるから、当事者間では、ドイツ法の適用が黙示的に合意されていたというべきである。

右の事情に加えて、原告らの募集、採用の手続、決定はフランクフルト本社の客室乗務員人事部の担当者によるものであること、原告らの労働条件の交渉は、労働協約により援用されているドイツの経営組織法の規定に基づきフランクフルト本社の従業員代表を通じてなされ、労働協約の適用を受けない個別の労働条件についても、直接又は間接にフランクフルト本社の客室乗務員人事部と交渉し、東京営業所が実質的に関与することはないこと、労働協約によれば、ホームベースはエアホステスのフライトスケジュールを立てる際の居住地とみなされる場所であり、休養、休日、宿泊などに関係する概念であって、労務給付地とは特に関係がないこと、原告ら東京(成田)ベースのエアホステスが常時労務を提供するところは航空機内であり、これが被告に属する以上、労務給付地はドイツというべきであること、原告らの給与の支給額の算定はハンブルグの給与算定部でドイツマルクによって行われた後、東京営業所に送付されること、原告らに対する具体的労務管理及び指揮命令はフランクフルト本社の客室乗務員人事部で行い、フライトスケジュールの作成はミュンヘンの乗務員配置計画部門で行っていることなどの事情に照らしても、ドイツ法を準拠法とすべきであり、日本法を準拠法とする理由はない。

3  争点3(日本法を準拠法とした場合の付加手当撤回の有効性)について

(一) 原告ら

(1) 本件留保条項自体の無効

賃金は最も重要な労働条件の一つであるから、使用者にその一方的変更権を与えるような権利条項を無条件に有効と解することはできず、撤回権の留保条項は、撤回権行使の具体的要件(付加手当の支給目的とそれに対応した撤回理由、撤回・削減の段階づけ、撤回される付加手当の額等)が明示されていなければ無効というべきである。本件留保条項には、撤回権の具体的内容が明示されていないから、賃金対等決定の原則ないし信義則に照らし、又は公序良俗に反するから、それ自体無効である。

(2) 撤回権行使の無効

仮に本件留保条項自体は有効であるとしても、これに基づく撤回権の行使が権利の濫用にわたる場合は無効であり、撤回が権利の濫用に当たるか否かは、事業運営の必要性と労働者の被る不利益とを比較衝量して判断すべきである。

本件では、付加手当は、単なるインフレ手当でもなければ、一般的な生計維持手当でもなく、交通費等、東京ベースのエアホステスがドイツベースのエアホステスと比較して、ホームベースを異にすることによる労働条件上の不利益を補填するための手当であって、東京ベースの日本人エアホステスの給与所得がドイツで課税されることによる賃金の手取額の減少を補填するものではないから、ドイツにおける給与所得に対する課税方法の変更によって原告らの賃金の手取額が増加したからといって、付加手当を撤回する理由にはならない。他方、付加手当撤回による減額は月額五万五〇〇〇円と大きく、労働者の被る不利益は大きい。

また、賃金の減額は労働者の経済生活に多大な影響をもたらすから、権利濫用の判断に当たっては、使用者が代償措置や緩和措置のほか、少なくとも不利益の大きい労働者(空港への遠隔地通勤者など)への経過措置を講じたり、説明や意向の打診など一定の手続的配慮をすることが要請されるというべきであるが、本件ではそのような措置や配慮はなされていないから、権利濫用に当たり、無効である。

(二) 被告

(1) 一般に、手当はその支給目的が消滅した場合、当然撤回・削減されるものである。被告は、付加手当の支給目的消滅に伴う撤回・削減を予想して撤回・削減権を留保したものであって、かつ、これを原告らが承諾している以上、本件留保条項自体が公序良俗に反し無効となることはない。

(2) 原告らに対する付加手当の撤回は、後記(4の(一)の(2))のとおり、合理的理由があった。

4  争点4(ドイツ法を準拠法とした場合の付加手当撤回の有効性)について

(一) 被告

(1) ドイツ法の解釈

ドイツ民法三一五条は雇用契約についても適用がある。契約条件の一方的変更権の留保は、「撤回権の留保」として分類され、同条の「給付の確定」の概念に含まれると解されているが、雇用契約における撤回権の留保は、法律に定められた「解約保護」の概念から逸脱する場合は無効となる。解約保護から逸脱が生じるのは、撤回権の留保によって契約の本質的要素が一方的に変更され、その結果、給付と反対給付の均衡を失する場合である。

したがって、原告らに対する付加手当の撤回が有効となるためには、次の三つの要件を充たしていることが必要である。①撤回権の留保が公正な裁量を条件として定められていること、②撤回によって雇用契約の本質的要素が一方的に変更されることがなく、給付と反対給付の均衡が根本的に変わらないこと、③撤回権を行使するに当たって、実際に公正な裁量に基づいて行われたこと。

(2) 原告らに対する付加手当の撤回が有効であること

原告らに対する付加手当の撤回は、次のとおり右の三要件を全て充たしており、有効である。

ア 要件①について

本件留保条項には、「公正な裁量」という概念は明示されていないが、ドイツ民法三一五条三項により、公正な裁量の限りにおいて、かつ、その範囲内でのみ使用者に撤回・削減権を与える趣旨であると解される。よって、この要件は、特別な合意を待つことなく充足される。

イ 要件②について

付加手当は、東京ベースのエアホステスに生じたインフレや交通費といった生計維持費を補うために導入・増額されたものであるが、それは、例えばタクシー代などの特別経費に対する特別補償ではなく、特別な名目のない補助的な一般的生計維持手当であるし、かつ、ドイツ連邦労働裁判所は、基本給の二五パーセントの額の付加的給付でも雇用契約の本質的要素でないとしているところ、本件の付加手当は基本給の二〇パーセントを大幅に下回っているのであるから、付加手当は雇用契約の本質的要素ではなく、公正な裁量の範囲内で行われる撤回・削減は、雇用契約における給付の基本的枠組みを崩すものではない。

ウ 要件③について

ドイツにおける原告らの給与所得に対する課税方法の変更によって、原告らの税負担はほぼ半減し、給与の手取額は、撤回された付加手当の額以上に増加した。すなわち、付加手当を撤回した後である平成四年度の月例給与の手取額(実際額)と、課税方法が変更されず、付加手当が継続されたと仮定した場合の同年度の月例給与の手取額(仮定額)を比較すると、原告甲野につき四万九〇八二円、原告乙川につき九万四五〇五円、原告丙山につき六万〇一三六円それぞれ増額した。

給与の手取額がこれだけ顕著に増額している以上、生計維持費としての付加手当はもはや給付枠組みの本質的要素とはみなされ得ないし、その撤回が給付の枠組みを崩すこともない。むしろ、同じ協約賃金で同じ業務に携わっているドイツベースのエアホステスとのバランスを保ち、エアホステス全体の給付枠組みを維持するために、付加手当の撤回は不可欠であった。

したがって、原告らに対する付加手当の撤回は公正な裁量にかなっているといえる。

(二) 原告ら

(1) ドイツ法の解釈

原告らに対する付加手当の撤回の有効性は、①撤回権の留保が有効になされたか否かの問題(内容コントロール)と、これが有効になされたことを前提とする②撤回権行使の適法性の問題(権利行使コントロール)とを区別して検討しなければならない。そして、本件留保条項の内容コントロールは、連邦通常裁判所がドイツ民法二四二条を通じて一般民事契約における撤回権の留保について発展させてきた約款規制法理に従って行われるべきである。約款規制法理によれば、撤回権の留保条項は、撤回権行使の具体的要件が明示されていない限り、無効である。

(2) 原告らに対する付加手当の撤回が無効であること

ア 内容コントロールについて

本件留保条項は、付加手当の撤回・削減の要件が明示されておらず、撤回理由について何ら根拠・限定がないから、ドイツ民法二四二条による約款規制法理によって無効である。

仮に、本件留保条項の内容コントロールについて民法三一五条によるとした場合でも、本件留保条項には「自由な裁量に基づき」という文言はないが、そうであるからといって「公正な裁量」による制限を内包しているということにはならないから、無効である。

イ 権利行使コントロールについて

仮に、本件留保条項が「公正な裁量」という制限を内包した一応有効なものであるとしても、付加手当は、原告らの給与所得がドイツで課税されることによる賃金の手取額の減少を補填するものではなく、交通費補填の趣旨を含むものであるから、ドイツにおける給与所得に対する課税方法の変更によって原告らの賃金の手取額が増加したからといって、付加手当を撤回する理由にはならず、撤回権行使の要件が充たされたことにはならない。

また、原告らに対する付加手当の撤回は、前記(3の(一)の(2))のとおり、公正な裁量にかなうものとはいえない。

5  争点5(原告らが受けるべき付加手当等の額)について

(一) 原告ら

(1) 未払賃金

ア 原告甲野

平成三年八月分から退職した平成五年六月分までの付加手当合計一二六万五〇〇〇円と平成三年一二月、平成四年六月、同年一二月、平成五年六月の一時金のうち付加手当分合計一一万円

イ 原告乙川

平成三年八月分から平成九年四月分までの付加手当合計三七九万五〇〇〇円と平成三年一二月、平成四年六月、同年一二月、平成五年六月、同年一二月、平成六年六月、同年一二月、平成七年六月、同年一二月、平成八年六月、同年一二月の一時金のうち付加手当分合計三〇万二五〇〇円

ウ 原告丙山

平成三年八月一日から平成五年五月二六日までの付加手当合計一二八万七九四五円及び平成七年二月九日から平成九年四月末日までの間の付加手当合計一四七万〇三三三円と平成七年六月、同年一二月、平成八年六月、同年一二月の一時金のうち付加手当分合計一一万円

(2) 将来請求分

原告乙川及び原告丙山は現在も被告に勤務しており、今後被告に就労している限り、雇用関係が終了するまで、毎月五万五〇〇〇円の付加手当の支払を受ける請求権並びに毎年六月一〇日及び一二月一〇日限り、各々付加手当の0.5か月分二万七五〇〇円の支払を受ける請求権を有しているが、被告は、原告らの請求にもかかわらず支払を拒否しているから、将来発生するものについても支払わない可能性が高い。

(3) よって、原告らは被告に対し、右未払の付加手当及び一時金の合計額並びに遅延損害金の支払を求めるとともに、原告乙川及び原告丙山については、平成九年五月分以降の付加手当及び一時金の付加手当相当部分の支払を求める。

(二) 被告

争う。

6  争点6(本件清算条項の効力)について

(一) 被告

仮に本件の付加手当の撤回が無効であるとしても、原告甲野は、本件清算条項により、本件請求に係る未払賃金請求権を放棄した。

(二) 原告甲野

原告甲野の差し入れた本件清算条項のある合意書は、ドイツ語で作成されているところ、同原告はドイツ語を解せず、被告の総務担当者から「保険の文書で、退職に際し皆サインするものである。」と言われたため、事務的な書類であると誤信し、内容を全く理解しないまま署名したものであって、本件清算条項についての合意は成立していない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(国際裁判管轄)について

1  本来国の裁判権はその主権の一作用としてなされるものであり、裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから、被告が外国に本店を有する外国法人である場合はその法人が進んで服する場合のほか日本の裁判権は及ばないのが原則である。しかしながら、その例外として、わが国の領土の一部である土地に関する事件その他被告がわが国となんらかの法的関連を有する事件については、被告の国籍、所在のいかんを問わず、その者をわが国の裁判権に服させるのを相当とする場合のあることも否定しがたいところである。そして、この例外的扱いの範囲については、この点に関する国際裁判管轄を直接規定する法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するのが相当であり、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば、被告の居所(民訴法二条)、法人その他の団体の事務所又は営業所(同四条)、義務履行地(同五条)、被告の財産所在地(同八条)、不法行為地(同一五条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである(最高裁判所第二小法廷昭和五六年二〇月一六日判決・民集三五巻七号一二二四頁)。

2  これを本件についてみると、被告は、ドイツ法に準拠して設立され、ドイツに本店を有する会社であるが、日本における代表者を定め、東京都内に東京営業所を有するというのであるから、たとえ被告が外国に本店を有する外国法人であっても、被告をわが国の裁判権に服させるのが相当である。

二  争点2(準拠法)について

1 雇用契約の準拠法については、法例七条の規定に従いこれを定めるべきであるが、当事者間に明示の合意がない場合においても、当事者自治の原則を定めた同条一項に則り、契約の内容等具体的事情を総合的に考慮して当事者の黙示の意思を推定すべきである。

2 そこで、本件各雇用契約の準拠法についての黙示の合意の成立について検討する。

前記争いのない事実等1ないし3、証拠(甲第二〇ないし第二二、第四四、第四五号証、乙第六、第一八、第二二、第四一号証、証人ドクター・マーティン・シュミットの証言、原告乙川本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、本件各雇用契約においては、被告と各原告らとの間で、原告らの権利義務については、社団法人ハンブルグ労働法協会(AVH)とドイツ被用者労働組合(DAG)及び公共サービス輸送交通労働組合(OTV)との間で締結された被告の乗務員に関する労働協約に依拠することが合意されていること、右労働協約により、原告ら被告の乗務員の勤務時間、乗務時間、飛行時間、休憩時間、休日、給与の支給項目、手当、休暇、定年などの基本的な労働条件全般が定められ、また、右労働協約に基づく賃金協約により、給与の支給に関する乗務員の分類・等級、昇給等も定められていること、右労働協約は、労働協約自治の原則を定めるドイツ労働法に独特の規定に基づくものであり、その内容もドイツの労働法等の法規範に基づいていること、右労働協約の適用を受ける労働条件の交渉は、労働協約により援用されているドイツ経営組織法の規定に基づき、フランクフルト本社の従業員代表を通じてなされていること、本件の付加手当等の右労働協約の適用を受けない個別的な労働条件についても、原告らはフランクフルト本社の客室乗務員人事部と交渉してきたこと、原告らに対する具体的労務管理及び指揮命令は右客室乗務員人事部が行っており、フライトスケジュールの作成はミュンヘンの乗務員配置計画部門で行い、東京営業所はこれらの伝達等をするにとどまり、原告らに対する労務管理や指揮命令を行っていないこと、原告らの給与は雇用契約上ドイツマルクで合意され、ハンブルグにある被告の給与算定部でドイツマルクにより算定され、これにドイツの健康保険料及び年金保険料の各使用者負担分が付加されて支給総額が算定され、この中からドイツの所得税、年金保険料、衣服費を控除した後、残額がドイツマルクで東京営業所に一括して送金され、東京営業所において国外所得として所得税、住民税及び社会保険料が控除された後、手取額が日本円で原告らに送金されていること、原告らに対する募集及び面接試験は日本で行われたが、フランクフルト本社の客室乗務員人事部が東京ベースのエアホステスの募集を決定し、同人事部の担当者が来日して面接試験を行い、採用決定をしたもので、東京営業所のクルーコーディネーターは同人事部が提示した募集条件を充たす者を書類選考するなど補助的に関与したにすぎないこと、原告甲野及び原告丙山はドイツにおいて雇用契約書に署名しており、原告乙川は日本において雇用契約書に署名しているが、署名した雇用契約書は東京営業所を通じて被告のフランクフルト本社客室乗務員人事部に返送しており、原告らの雇用契約はいずれも被告のフランクフルト本社の担当者との間で締結されていることが認められる。

右に認定した諸事実を総合すれば、本件各雇用契約を締結した際、被告と各原告との間に本件各雇用契約の準拠法はドイツ法であるとの黙示の合意が成立していたものと推定することができる。

3  原告らは、原告らのホームベースの所在地は日本であるから、原告らの労務給付地は日本というべきであり、また、原告らの指摘する事情に照らせば、本件各雇用契約に密接に関連するのは日本法であり、したがって、準拠法は日本法と解すべきである旨主張する。しかし、証拠(乙第四一号証、証人ドクター・マーティン・シュミットの証言)及び弁論の全趣旨によれば、原告らの主たる勤務の内容は搭乗業務であり、成田、フランクフルト等の空港における勤務は待機時間も含めていずれも約二時間程度であって、原告らの勤務の大半は被告の航空機内において、多国間の領土上空を通過しつつ実施されていることが認められ、準拠法についての黙示の意思の推定の関係では、原告らの労務給付地は多国間にまたがっていて、単一の労務給付地というものはないというべきである。また、本件においては、前記のとおり、原告らに対する具体的労務管理及び指揮命令はフランクフルト本社客室乗務員人事部で行われていて、東京営業所は原告らの労務管理を行っておらず、ホームベースは労働協約上も休養時間、休日等の取得場所としての意味しかないこと(乙第六、第四一号証、証人ドクター・マーティン・シュミットの証言)が認められ、ホームベースが日本であることのみでは、原告らと被告との間に本件各雇用契約の準拠法を日本法とする合意が成立していたと推認するには足りない。

さらに、原告らは日本においてミーティング、QC活動、健康診断、救難訓練、広報活動等に従事することがあり(甲第二四、第二五号証、第二六ないし第二九号証の各一、二、第四四号証、原告乙川本人尋問の結果)、給与も一旦東京営業所に送金され、所得税、住民税及び社会保険料が控除された後、手取額が日本円で原告らに送金されているが、これらは原告らが日本に居住していることから、被告や原告ら各人の便宜のために実施されているのであって、本件各雇用契約の本質的な要素とは言いがたく、右のような諸事情をもって、本件各雇用契約の準拠法を日本法とする合意が成立していると推認することはできない。

三  争点4(ドイツ法を準拠法とした場合の付加手当撤回の有効性)について

1  ドイツの判例

証拠(乙第三七、第五二号証)によれば、連邦労働裁判所(BAG)の確立した判例は、以下のとおりであることが認められる。

(一) 撤回留保の合意は原則として有効であるが、撤回の対象が雇用契約の本質的な要素であり、撤回権を行使すれば雇用契約における給付と反対給付の均衡を損なう結果となるような場合は、強行法規である「解約保護の回避」に当たり、民法一三四条(法律上の禁止に反する法律行為は無効とする。ただし、法律によって他の結果を生ずるときはこの限りでない。)により無効となるので、撤回は雇用契約の本質に関係しない付加的合意に限定される。そして、賃金の一部の撤回権を留保した契約条項について、その対象が賃金協約外の付加的給付であるときは、連邦労働裁判所は一貫して「解約保護の回避」には当たらないとしており、撤回の対象となった付加的給付が給与総額の一五ないし二〇パーセントを占める場合においても撤回留保を有効としている。

後記のとおり、留保された撤回権の具体的な行使は「公正な裁量」に適合しなければならないが、その前提として、撤回留保条項に「公正な裁量」の文言あるいは撤回の具体的要件が明示されていることを要するかについて、連邦労働裁判所は、これを否定し、撤回留保条項に「公正な裁量」の文言あるいは撤回の具体的要件が明示されていない場合にも、撤回留保条項自体を無効とするのではなく、撤回留保は公正な裁量の範囲において有効となるか又は部分的に有効であり、撤回権は公正な裁量に基づいてさえいれば行使できるとしている。

(二) 留保された撤回権の行使は、民法三一五条による制約を受け、公正な裁量に適合する場合にのみ有効であり、具体的な撤回権の行使が公正な裁量に適合しているといえるためには、撤回理由が当該付加的給付の支給目的と関連性を有していることを要する。

また、撤回権の行使により平等な取扱いが実現されることが撤回の許容性の重要な基準となるだけでなく、平等取扱いの必要性自体が撤回理由になり得る。

2  本件留保条項の有効性

前記(争いのない事実等4の(一)、(二)及び(四))のとおり、本件の付加手当は賃金協約外で原告ら東京ベースのエアホステスと個別に合意された付加的給付であり、付加手当が撤回された当時、原告らの月例給与総額に占めるその割合は、約一〇ないし一三パーセントであったことからすると、付加手当は雇用契約の本質的要素とはいえず、付加手当が撤回されたとしても、本件各雇用契約における給付と反対給付の均衡を損なう結果となり、強行法規である解約保護の回避に当たるものとは認められない。もっとも、ドイツ民法三一五条一項に照らし、本件留保条項は、被告に公正な裁量の範囲内における撤回権の行使を認める趣旨と解するのが相当であり、その範囲において有効というべきである。

なお、原告乙川については、付加手当の支給を開始する旨の同原告宛て昭和四九年一一月八日付けの通知書に本件留保条項が記載がされていること、右通知書は被告からの一方的意思表示にすぎないが、原告乙川はその後平成三年八月に付加手当が撤回されるまでの約一七年間、右留保条項について一度も異議を唱えることなく付加手当の支給を受けていたことからすると、原告乙川において、右留保条項を黙示に承諾したものと認められる。

3  撤回権行使の有効性

前記(争いのない事実等4の(一))のとおり、本件の付加手当は、日本の空港の駐車場料金、高いガソリン代・食料品代・タクシー代等、東京ベースのエアホステスがドイツベースのエアホステスにはない出費を余儀なくされることから、これを補填する趣旨で導入・増額された経緯があり、付加手当にインフレ手当、すなわち東京とドイツの生活費等の差異を補填する意味合いがあることは、当事者間に争いがない。他方で、その支給、増額の経緯からして、割高なタクシー料金を背景に交通費支給の意味合いを有することも明らかであるが、被告は、ドイツベースのエアホステスには交通費を支給していないことから、付加手当の支給目的を交通費に限定することには一貫して否定的な姿勢をとってきたこと、付加手当は、各人の個別事情を問うことなく東京(成田)ベースの日本人エアホステスに対して一律に一定額が支給されていることに照らすと、その支給目的は、交通費そのものの補填ではなく、東京ベースの日本人エアホステスがドイツベースのエアホステスに比べ高額な生活費の負担を余儀なくされていることから、これを補填し、もってドイツベースのエアホステスとの間に給与の実質的平等を確保することにあったものと認められる。

そして、被告が原告らに対する付加手当を撤回した理由は、前記(争いのない事実等4の(三))のとおり、原告らの給与所得に対する課税方法の変更により、原告らの給与の手取額が増加したからであるところ、証拠(乙第五四号証の一ないし三、第五五ないし第六一号証)及び弁論の全趣旨によれば、付加手当を撤回した後である平成四年度の原告らの月例給与の手取額(実際額)は、原告らの給与所得に対する課税方法が変更されず、付加手当五〇〇マルクの支給が継続されたと仮定した場合の同年度の原告らの月例給与の手取額(仮定額)より、原告甲野につき約四万九〇〇〇円、原告乙川につき約九万四五〇〇円、原告丙山につき約六万円それぞれ多いことが認められる。

そうすると、原告らは、課税方法の変更後は、五〇〇マルクの付加手当が支給されなくても、課税方法の変更前に付加手当が支給されていたとき以上の手取給与を取得することが可能になったのであるから、ドイツベースのエアホステスと比べ原告ら東京(成田)ベースのエアホステスが負担している高額な生活費を補填し、もってドイツベースのエアホステスとの間に給与の実質的平等を確保するという付加手当の支給目的は、課税方法の変更後は付加手当が支給されなくても充足され、かつ、付加手当の支給を継続すれば、ドイツベースのエアホステスに比べて東京(成田)ベースのエアホステスを優遇することになり、平等取扱いの原則に反することにもなるから、原告らに対する付加手当の撤回は、公正な裁量に適合しているものと評価でき、有効というべきである。

四  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官白石史子 裁判官西理香)

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